カテゴリ:ボスニア・ヘルツェゴビナ( 10 )
2011年 10月 30日
モスタル⑦ 未来への懸け橋 (ボスニア・ヘルツェゴビナ)
f0019856_10182817.gif
f0019856_11541679.jpg1992年に内戦が始まり、物資の補給路だったスタリー・モストは翌年11月、破壊されました(現地で買った写真集より→)。その後、ユネスコなどの協力で川に落ちた石材を拾い上げ、2004年見事に修復したのです。見た目は完全に元通りですが、人の心が完全に修復された訳ではありません。世界遺産は、文化財(この場合、スタリー・モストの素晴らしさ)に価値が置かれますが、本当の意義というのは、それをきっかけに人々の心を通わせることにあるのだと確信しました。真の「平和の架け橋」になることを心より祈って、ドゥブロヴニクに戻りました。
◆モスタル旧市街の古橋地区(2005年登録)◆
[PR]
by micho7E | 2011-10-30 10:13 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(0)
2011年 10月 29日
モスタル⑥ この時を心に刻んで
f0019856_1865175.gif
スタリー・モストのたもとに置かれていた内戦の写真です。
町全体が廃墟となり、破壊された石の橋にかわり、細い木造の橋?がかかっています。
飛び込みをしていた若者からこの写真を買って帰りました。この時を忘れないように―
◆モスタル旧市街の古橋地区(2005年登録)◆
[PR]
by micho7E | 2011-10-29 18:05 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(0)
2011年 10月 27日
モスタル⑤ 内戦の爪痕
f0019856_1817415.gifスタリー・モストの周りはきれいに修復されていて、内戦の爪痕は目につきませんが、観光ルートから少し外れると、廃墟のような建物があちこちにあります。(←)ここは交通量の多いメーン道路の交差点。爆破され、骨組みだけになったビルや、銃弾の跡が無数に残る建物が集中していました。
f0019856_18113053.jpg1990年代に入り、旧ユーゴスラビアの各地で独立の機運が高まる中、1992年ボスニア・ヘルツェゴビナでも独立を宣言。それに反対するセルビア人と、賛成するイスラム教徒のボスニア人とカトリック教徒のクロアチア人が手を結んで内戦になりました。

f0019856_181314100.jpgf0019856_9345220.jpg

f0019856_18181993.jpgしかし、ボスニア人とクロアチア人の間にも対立が生まれ、3勢力が入り混じって戦争が激化。最終的に20万人の死者と200万人以上の難民を出し、1995年アメリカの調停で終結しました。(→)壁に残った銃弾の穴は、観光客でにぎわう通りの少し外れで、ひっそりとその事実を物語っていました。戦争は過去のことではなく、今も人々の生活の中で続いているんですね。

f0019856_18243353.jpg自分の町でこんな内戦が起こったらどうなるだろう。今の日本では考えられませんが、同じ過ちを繰り返してはならない!ということだけは分かります。偶然、私たちのレンタカーの前を走る路線バスに日本の国旗を見つけました。「From the People of Japan」と書いています。2002年日本から贈られたものでした。
信号でバスの隣に停車すると、乗客が手を振ってくれました。日本からの支援を誇りに思うとともに、国際協力の大切さを改めて感じました。
[PR]
by micho7E | 2011-10-27 18:10 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(0)
2011年 10月 25日
モスタル④ モスクのミナレットは必須!!
f0019856_10581039.gifそのまま歩いてやってきたのは、コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミヤ。1618年に建てられたイスラム教の寺院です。ペルシャ絨毯が敷き詰められた礼拝堂では、ミフラーブに向かって父子が祈りを捧げていました。小ぢんまりしていましたが、白壁にカラフルな植物模様が描かれ、明るい室内です。
f0019856_15334996.jpgハイライトは、ミナレットに登ること。暗いらせん階段を上がっていくと、小さいバルコニーに出ます。強風とともに、スタリー・モストが目の前に現れました(→写真)。何と、綺麗なアーチでしょう。接着剤となるセメントを一切使わず、組み合わせた石を鉄の鉤で補強しただけと言います。1566年に造られたオスマン建築の傑作でもはや神業。ネレトヴァ川にかかる橋はたくさんありますが、群を抜いて輝いていました。

058.gif<美智代の豆知識> その他の見所
f0019856_16115367.jpgさらに北へ行くと、もう一つのモスクがあります。f0019856_18213216.jpg1557年に建設されたカラジョズベェゴバ・ジャーミア(→)です。この建物の前には墓地があり(←)、多くの真新しい墓石に1993年没と刻まれていたのが心に残りました。川に張り出すように17世紀に建てられたトルコの家も見学できます。

◆モスタル旧市街の古橋地区(2005年登録)◆
[PR]
by micho7E | 2011-10-25 10:57 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(0)
2011年 10月 24日
モスタル③ “DON'T FORGET” 未来へ
f0019856_10485779.gif橋を渡って対岸にやってきました。お土産屋さんがずらり並んで活気があります。かつては彫金、織物、革細工など職人が集まっていた地域でした。そして、この前を塩やオリーブオイル、羊毛などを扱う商人が行き来したのです。今、行き交うのは観光客ですが、売られているトルコ刺繍や橋を打ち出した銅板などに名残がありました。

f0019856_10522149.jpg三叉路になったこの角にひっそり置かれていた石碑を見つけました。“DON'T FORGET”と刻まれています。肉親を殺した人の顔を知っているというこの町で、暮らし続ける辛さは計り知れません。しかし、時は流れ、前に進んでいかなければならない。決して過去を忘れることなく、心に留めた上で、苦しみを乗り越え、未来に進もうとする強い決意を感じました。
◆モスタル旧市街の古橋地区(2005年登録)◆
[PR]
by micho7E | 2011-10-24 10:45 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(0)
2011年 10月 23日
モスタル② 息をのむ!20mのダイビング
f0019856_940389.gif内戦のイメージが強いモスタルですが、そんな気持ちとは裏腹に、橋では軽快な音楽が流れ、海パン姿の若者が欄干を行ったり来たり…。小さな籠をもち、チップを集めているようでした。何が起こるのか?と様子を見ていると、黒い水着に身を包んだ男性が現れ、息を整え、手を広げて、ピョーン!と飛び降りました。一瞬でしたが、空中にふわりと浮かんでいるよう、そして、バッシャン!周囲から拍手喝采が起こりました。f0019856_945733.jpg2009年政府統計局の発表によると、失業率は24.8%、若者はもっと高いと言います。「世界遺産になると観光開発が進む」と批判する人がいますが、観光地になることによって、仕事が生まれ、そこから人々の生活が復活する。そういう役割もあるのです。
とは言え、2回目の飛び込みを散策しながら待っていましたが、水着姿の男性がうろうろしているものの、4時間近くたっても飛び込みませんでした。一度でも見られたら、ラッキーなのかも…? 息子との記念写真をお願いすると、難なくOK。一見、怖そうですが、気さくな若者でした(↑)。
<美智代の豆知識> 飛び込み大会 
毎年夏に「飛び込み大会」が開かれます。400年の歴史があるという伝統行事で、内戦前はムスリム人、セルビア人、クロアチア人が参加して、和気あいあい行われていました。内戦後、橋の復活とともに再開されましたが、クロアチア人選手の姿はほとんどないと言います。この橋が、本当の意味で平和の架け橋になることを祈っています。
◆モスタル旧市街の古橋地区(2005年登録)◆
[PR]
by micho7E | 2011-10-23 09:39 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(0)
2011年 10月 22日
モスタル① ネレトヴァ川の町の裏に・・・
f0019856_8103094.gif
f0019856_8124154.jpg午後12時、近くの駐車場に車を止め、旧市街にやってきました。2000m級の山々が連なるディナル・アルプスを背景に、アドリア海へ注ぐネレトヴァ川がエメラルド色をしてゆったり流れ、石造りの家々が統一感のある風景を造りだす絵画のような町でした。モスタルとは、「橋の守り人」という意味。中でも、1566年オスマントルコ時代に建てられたアーチ型のスタリー・モストは町の象徴で、昔は大勢の商人が行き交っていました。しかし、内戦以降、ここを行き来する大半は観光客。西側(↑左)はカトリック教徒のクロアチア人、東側(↑右)はモスクが点在するムスリム人の居住区にはっきりと分けられました。
(↑)左手の山頂に燦然と輝いていた十字架に、民族対立の難しさを感じました。→地図
◆モスタル旧市街の古橋地区(2005年登録)◆
[PR]
by micho7E | 2011-10-22 08:09 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(0)
2011年 10月 21日
モスタルへの道、寂しい平原に点在する廃墟
f0019856_0101965.gif国境を過ぎるとすぐ右手に「WELCOME」と書かれた看板がありました。怖いイメージを持っていましたが、この辺りはなんら他国と変わりません。赤い丸印がモスタル。その他の観光地も地図で紹介されていました。とはいえ、何が起こるか分かりません。「寄り道せずに行くぞ!」という夫の言葉に気を引き締め直しました。

少しドライブすると、イスラム教のミナレットが見えてきました。モスクです。この国では人口の44%がイスラム教徒。90%近くがカトリック教徒のクロアチアとは大きく違います。道路の両脇は緑豊かな平地で家が点々と連なっていました。しかし、その半分近くは屋根や壁が壊れた家屋や廃墟、建設中の家も多くあり、内戦の爪痕を感じます。これまで見てきた海沿いの美しい町並みとは対照的に、簡素で寂しい印象でした。それでも、モスタル方面に向かう車は多く、ほぼまっすぐな幹線道路。正午すぎ、迷うことなくモスタルに到着しました。
<美智代の豆知識> ボスニア・ヘルツェゴビナとは? 
面積は5万1126k㎡(北海道の3/5)で、人口は384万3000人。ムスリム(イスラム教徒)44%、セルビア人(セルビア正教徒)31%、クロアチア人(カトリック教徒)17%で構成されます。1992年に独立を宣言しますが、3民族が争う内戦に突入。1995年までに20万人の死者と200万人以上の難民を出しました。

[PR]
by micho7E | 2011-10-21 00:08 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(0)
2011年 10月 20日
ボスニア・ヘルツェゴビナへの道、緊張感漂う川沿いの国境
f0019856_7335865.gif
9時10分 ホテルをチェックアウトしてレンタカーでモスタルに向かいます。まずは、海岸沿いを北上し、ネウムで一端、ボスニア・ヘルツェゴビナ領に入ってからクロアチア領へ抜け、ネレトヴァ川に沿って内陸に入っていきます。道路は平坦で運転しやすいのですが、夫は体をこわばらせ、かなり緊張の様子。リラックスさせようと話しかけますが、のってくる余裕もありません。

f0019856_734591.gif10時50分 長い車の列ができ、一端停止。国境です。まだゲートは見えませんが、観光バスが何台も並び、「安心したぁ」と夫が大きく息をつきました。ボスニア入国のパスポートチェックは、(→)この小さい小屋で行われます。パスポートを3人分、車の窓から差し出しました。監察官は難しい顔でペラペラめくると・・・突然、「KAZUKI?」と息子の名前を呼びました。私はこの子です!と後部座席を指さしました。すると、にっこり笑顔に。続いて、「MICHIYO?」。私私! 意外にとってもフレンドリー。な~んだ、緊張して損しちゃったなぁ。→地図
[PR]
by micho7E | 2011-10-20 07:32 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(0)
2011年 04月 29日
旧ユーゴスラビアの国々を旅しました!
f0019856_8385321.gif
「アウシュヴィッツ」や「原爆ドーム」が戦争の悲惨さを訴える世界遺産なら、
この場所は戦争を乗り越え、平和を築いた未来系の世界遺産でしょう。
ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルは、「古い橋」を意味する地名で、
16世紀、エメラルドグリーンの川に架けられたアーチ状の石橋が町のシンボルです。
大勢の観光客が行き来し、若者が橋から飛び込むパフォーマンスを見せてくれる一大観光地。
でも、川の右手の山頂にはキリスト教の十字架、左手にはイスラム教のモスクが立ちます。
民族や宗教が対立し、1992年に始まった内戦で橋は粉々になってしまったのです。
旧市街から離れると、銃弾の跡が残る壁や崩れたままのビルがあちこちに見られます。
そこから何が見えるのか…。2008年ゴールデンウィークに訪れた旧ユーゴスラビアの旅です。
[PR]
by micho7e | 2011-04-29 08:39 | ボスニア・ヘルツェゴビナ | Comments(2)



京都在住の世界遺産研究家です。訪れた世界遺産は50ヵ国以上、400ヵ所。家族で旅した体験談を詳細にリポートします。
by micho7
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
Information
にほんブログ村 旅行ブログ 世界遺産へ
にほんブログ村

世界遺産 ブログランキングへ

micho7こと、久保美智代
(愛媛県八幡浜市出身)
旅する世界遺産研究家
350ヶ所以上訪問
世界遺産検定「シルバー」 

★詳しいプロフィール★

お問い合わせはこちら

<講座案内>
朝日カルチャーセンター
「世界遺産を楽しもう!」
梅田教室で講座を開催

神戸新聞文化センター
「世界遺産の歩き方」
三宮KCCでも開催中!


私の古都歩きブログです!


私が訪ねた350ヵ所以上の世界遺産をオリジナル写真で紹介したHPです。


第3回インタビューに登場!

※著作権は管理人にあり
写真&記事の転載は
一切禁止します。
(C)2004-2014 micho7e
All Rights Reserved
カテゴリ
はじめに
自己紹介
講座案内
渡航歴
アメリカ(西部Ⅱ)
アメリカ(ハワイ)
イギリスⅡ
イタリア北部
インド
エジプト
エストニア
オーストラリア(シドニー)
オーストラリア(タスマニア)
オランダ
オランダ(アムステルダム)
カタール
韓国(済州島/ソウルなど)
カンボジア
クロアチア
ギリシャ
シリア
スイス
スウェーデン
スリランカ
スロベニア
中国(福建省)
中国(マカオ/香港)
チュニジア
デンマーク
ドイツ
トルコ
日本
ニュージーランド
ノルウェー
フィンランド
フランス
ベトナム(ハノイ)
ベトナム(ホイアン)
ベルギー
ポーランド
ボスニア・ヘルツェゴビナ
マレーシア
モロッコ
モンテネグロ
ヨルダン
ラオス
リヒテンシュタイン
ルクセンブルク
世界遺産の楽しみ方
子連れ旅行の楽しみ方
地球一周「ピースボート」
お知らせ
タグ
(63)
(58)
(52)
(47)
(42)
(24)
(19)
(18)
(16)
(15)
(13)
(12)
(10)
(10)
(8)
(7)
(6)
(6)
(4)
(1)
検索
以前の記事
2017年 02月
2015年 07月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
more...
記事ランキング
最新のコメント
★ みかんさん、コメント..
by micho7e at 17:46
ご成功おめでとうございま..
by みかん at 15:26
★ まこと・いちろーさん..
by micho7E at 11:44
★ まこと・いちろーさん..
by micho7E at 11:43
★ まこと・いちろーさん..
by micho7E at 11:39
最新のトラックバック
CATHEDRALE ..
from 世界 テンテン 訪問記
Itinerary (I..
from Life is beauti..
ブログパーツ
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。
ライフログ
↓私が取材されました
↓写真提供しました!
お気に入りブログ
KOTOコレ2016
その他のジャンル