カテゴリ:クロアチア( 66 )
2011年 11月 25日
クロアチア紀行のまとめ
f0019856_22391076.gif2008.4.26~5.6の11日間、クロアチアを中心にスロベニア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナを訪れ、9ヶ所の世界遺産を巡りました。滝と湖が織り成すプリトヴィッチェと「アドリア海の真珠」と呼ばれるドゥブロヴニクがハイライト。この世のものとは思えない美しさにため息です。
スロベニアでは巨大洞窟が待ち構え、モンテネグロのコトルは静かな入り江の町とバラエティ豊か。特に、内戦で崩壊されたビルが残るボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルでは、修復された橋が未来への懸け橋となり、世界遺産の役割について改めて考えました。今、最も観光客の増えている国ですが、まだ観光客ズレしてないというか、素朴でおおらかな人々で、1歳半の息子に大勢の人が微笑んでくれました。海の幸もおいしく、人気が出るのも納得です!

<気候> 日本のゴールデンウィーク頃は、晴れるとTシャツ1枚でよく、曇ると肌寒い。ですが、暑すぎず、寒すぎず、観光客も適度にいて、旅にはちょうどよい時期です。

<治安> 全く問題なし。道路に置き忘れたカメラバックもあったくらいです!

<運転> スロベニアとクロアチアは高速道路が整備されていますので、走りやすいです。制限速度は時速130km、右側通行。ただし、ドゥブロヴニクまでは伸びてないし、ネウムの国境を通らねばならず、時間がかかります。

<物価> 通貨はすべて違います。スロベニアはユーロ、クロアチアはKn(クロアチア・クーナ)。モンテネグロとボスニア・ヘルツェゴビナも独自通貨ですが、観光地はユーロかKnが使えるので、日帰りで行くくらいなら両替する必要はありません。ヨーロッパ先進国よりは安いですが、ドゥブロヴニクは高かったです。

<食事> 山の幸あり、海の幸あり。アドリア海を挟んだ対岸はイタリアなので、イタリア風の料理も多かったです。

<おすすめ度> ★★★★★(満点)
文句なく満点♪ 人気通りの観光しやすい良い国でした。次に行くとすれば、海沿いに世界遺産が多いので、アドリア海を船で巡る旅をしてみたいなぁ。
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by micho7E | 2011-11-25 22:38 | クロアチア
2011年 11月 24日
ドゥブロヴニク⑱ 真珠が輝く一瞬 (最終回)
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このままタクシーで空港に行く…と思いきや、どうにも名残惜しいドゥブロヴニク。
運転手さんにお願いして、最後の最後にスルジ山に登ってもらうことにしました。
しかし、上るにつれて、窓ガラスには次々と雨粒がつき、視界は白く煙っていきます。
見晴らしのよいという場所でドアを開けると、突風に飛ばされそうでした。
この辺りはのっぱらで、崩れた建物など遺跡のような石がゴロゴロしています。
「内戦で破壊された場所だ」と教えてもらいました。
町は見事に復元されましたが、背後の山には内戦の爪痕がくっきり残っているのです。
山から町を覗きこむと、靄の向こうに冴えない色の海と町並みで、寒々としています。
風雨にうたれながら残念に思っていると、突然、海の向こうから光が差したのです。
「アドリア海の真珠」が甦った瞬間でした。もう思い残すことはありません。
急いでタクシーに戻り、一路、空港へ向かいました。 (おわり)
◆ドゥブロヴニク旧市街(1979、94年登録)◆
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by micho7e | 2011-11-24 13:53 | クロアチア
2011年 11月 21日
ドゥブロヴニク⑰ ロヴリイェナツ要塞からの眺め
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f0019856_1333056.jpgピレ門から出て、海岸線を西に行くと、ロヴリイェナツ要塞があります(→地図)。人気のない寂しい場所ですが、ここから望む旧市街は、まるで海に漕ぎ出す船のよう。いかに険しい岩の上に城壁が築かれているかが分かります。タイムアップを告げるように、雲が増え、雨粒が落ちてきました。昨日までの真っ青な海は灰色に変わり、心地よかった風は冷たく、思わず身震い。天気によって、こんなにも景色が違うんですね。
ホテルへ戻り、タクシーを呼んでもらいました。 
◆ドゥブロヴニク旧市街(1979、94年登録)◆

058.gif<美智代のワンポイント> 碑文を探せ!
ロヴリイェナツ要塞は、城壁の入場料に含まれているので、ぜひ寄ってみてください。あの有名な碑文もありますので探してみてくださいね!


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by micho7e | 2011-11-21 12:58 | クロアチア
2011年 11月 20日
ドゥブロヴニク⑯ 聖ブラホは町の守り神
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いよいよ旧市街で最後の見所、聖ブラホ教会です。
自由と自治の象徴ローラン像があるルジャ広場に面しています。
聖ブラホとは、316年に殉教した司教で町の守護聖人。
祭壇の赤丸に注目すると、天使に持ち上げられた銀製の像が飾れているのです。
この前に座り、1歳半の息子を連れ、無事に旅ができたことを感謝しました。
思えば、ピレ門の上で出迎えられ、あちこちで町の模型を手にした像を目にしました。
昔は交易の拠点として、今は観光地として、訪れるすべての人を見守っているのでしょう。
◆ドゥブロヴニク旧市街(1979、94年登録)◆
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by micho7e | 2011-11-20 10:33 | クロアチア
2011年 11月 19日
ドゥブロヴニク⑮ 総督邸、町を動かす心臓部
f0019856_10592543.gif羽の生えた天使やしなやかな草花…楽園を思わせる彫刻があるのは総督邸。ラグーサ共和国として最も栄えていた中世、会議場や元老院などがあり、政治を司っていた町の心臓部です。噴水を作ったオノフリオが15世紀建造したゴシック様式でしたが、火災にあい、ルネッサンス様式を取り入れ修復。時代が交じり合い、芸術的な装飾が随所に見られます。
f0019856_1115058.giff0019856_10541964.jpg階段やドアノブにも注目!中に入るとする中庭がありますが、思ったほど広くありませんでした。
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ところで、ドゥブロヴニクが自治を保った理由は、ズバリ!「政治システム」にあります。
この町の貴族は貿易で富を蓄えた企業家たち。彼らが議員となり、月に1回の選挙で総督を選びます。任期中、総督は特別な理由がない限り、ここにこもり、政治にのみ集中します。これにより、腐敗や独裁を防ぐのです。正義を重んじた町ならではですね。
13世紀、すでに法律があり、商業取引や結婚、式典の仕方などが定められていたそう。
日本の政治も世界遺産に学ぶべき!!と思いました(笑)。
◆ドゥブロヴニク旧市街(1979、94年登録)◆
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by micho7e | 2011-11-19 10:42 | クロアチア
2011年 11月 18日
ドゥブロヴニク⑭ 地震から甦った大聖堂
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5月6日、クロアチア最終日。うっすら雲が広がっていますが、観光は午前中のみ。
悔いの残らないよう行き尽くします。午前9時、観光客が訪れる前の町は静かでした。
ルジャ広場から南を見ると(→)、左手に総督邸、奥に大聖堂が見えます。
正面に回り込むと、屋根に聖人の像が並べられたバロック様式のファサードが現れました。

f0019856_93513.jpgf0019856_944415.jpgf0019856_994118.jpgf0019856_91234.jpg
1192年英国のリチャード王創建と伝えられるそうですが、1667年の地震で崩壊し再建。
中は白を基調としたシンプルな内装で、大理石と緻密な彫刻で飾られた祭壇や
イタリアの有名画家ティツィアーノが描いた「聖母被昇天」が浮き立ってみえました。
ドゥブロヴニクは、内戦でよみがえった町というイメージが強かったのですが、
1667年の地震で倒壊し、再建された建物も多く、2度甦っているんですね
この町に対する市民の思いの強さを感じました。だから残るんですね!
◆ドゥブロヴニク旧市街(1979、94年登録)◆
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by micho7E | 2011-11-18 07:16 | クロアチア
2011年 11月 15日
ドゥブロヴニク⑬ 夜の城壁も必見!!
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f0019856_15324282.gifこれがクロアチアで見る最後の夜景になりました。3つ目の門、北のブジャ門から城壁外へ出ると、いかに堀が深く、厚い砦が築かれているかがよ~く分かります。町へ戻るためには、(←)これだけの階段を下りなければなりません。改めてその凄さに感動しました。そして、何と美しいのでしょう。午後8時、プラツァ通りは賑わっていました。

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◆ドゥブロヴニク旧市街(1979、94年登録)◆
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by micho7E | 2011-11-15 15:26 | クロアチア
2011年 11月 14日
ドゥブロヴニク⑫ いよいよ最後のディナーに (クロアチア)
f0019856_1421296.gifスポンザ宮殿近くの路地裏にある「ドゥンドー・マロイェ」に入りました。観光に便利な場所にあることと、日本語メニューが決め手でした。注文したのは、ブロデット(魚の粗煮)65クーナ(約1400円)。たっぷりのトマトソースの下には煮魚があり、付け合せは、ふわふわした魚の卵みたいなもの?
f0019856_14225145.gif本当はもっといろいろ頼みたかったのですが、旧市街のお店は観光地価格で値段が高く、しかも、1ユーロ≒163円の時代。そうそう贅沢はできないと質素に済ませました。(→)この町では、こうして路地にテーブルとイスを並べているレストランを見かけます。寒くなければ、外で食べるがお勧めです。
そして、この店の奥には長~い階段があり、城壁に続いています。 そこを上って夜の散歩に行きました。
※1クーナ≒21.75円(2008.2現在)
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by micho7E | 2011-11-14 14:23 | クロアチア
2011年 11月 13日
ドゥブロヴニク⑪ 町を守る2つの門
f0019856_1258471.gif町の東西を守る2つの門です。(→)西のピレ門は、新市街と接し、多くの観光客が出入りします。アーチの上からは町の守護神、聖ブラホの像が見守っていました。そして、門前には民族衣装を着たイケメンの衛兵さんがいると聞いていたのですが、夕方だったからでしょうか、残念が会えず…。(↓)こちらは東のプロチェ門です。

f0019856_1302921.gifどちらも、堀にかかった石橋を渡り、木製の吊り橋を通って門に到達します。しかし、すぐに町ではなく、折れ曲がったり、細かったりする通路を通り、もう一つの門をくぐるのです。昔は海が玄関口。入口は小さく、陸路からは容易に攻め込めない工夫ですね。午後5時すぎ、今日の観光はここまでにして、腹ごしらえです。
◆ドゥブロヴニク旧市街(1979、94年登録)◆
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by micho7E | 2011-11-13 14:15 | クロアチア
2011年 11月 12日
ドゥブロヴニク⑩ スポンザ宮殿、内戦を伝える!
f0019856_1621544.gifスポンザ宮殿は1516年の建造。貿易の物資や財を管理する税関でした。その後、造幣局や財務局として使われ、現在は古文書館です。中に入ると、当時の栄華を物語る美しいアーチと明るい中庭が迎えてくれます。回廊に昔の地図や古い文書が展示され、さっと見て回り最後の小部屋に入った途端、一瞬、動きが止まりました。

f0019856_20582166.jpgそこは、1991~95年までの内戦の展示でした。最初に目に入ったのは、壁に掛けられた顔写真。若者から働き盛りの男性までズラリ。その下のプレートには名前とプロフィールが書かれ、亡くなった日が内戦の年と同じでした。そう、彼らは犠牲者でした。

f0019856_16113225.giff0019856_16133033.gifモニターに映し出される写真の数々。火の手が上がる(←)プラツァ通り、黒い煙がもくもくと上がる港の船(→)、

f0019856_1615311.giff0019856_1658529.gif(←)炎上するビルの屋上、棺を運ぶ行列(→)も…。決して、忘れてはならない悲しい町の記憶でした。
◆ドゥブロヴニク旧市街(1979、94年登録)◆

058.gif<美智代の豆知識> ドゥブロヴニクに起こった2度の危機 
①1667年の大地震…町のほとんどが倒壊し、5000人が犠牲。それに乗じて、ヴェネツィア共和国が攻めてくるのを警戒して、オスマントルコに領地を割譲。それがネウムです。ちなみに、このスポンザ宮殿は地震で壊れなかった数少ない建物。
②1991~1995年の内戦… ユーゴスラビア連邦からの独立宣言で、連邦軍と内戦に。2000発の砲弾が降り注ぎ、7割近くの建物が全半壊。ユネスコやボランティアの協力を得ながら、崩壊前と同じ石材で、美しかった町のままに修復された。


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by micho7E | 2011-11-12 16:00 | クロアチア



京都在住の世界遺産研究家です。訪れた世界遺産は50ヵ国以上、400ヵ所。家族で旅した体験談を詳細にリポートします。
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