2011年 10月 05日
ネウム、ボスニア・ヘルツェゴビナ領の海辺の町
ガイドブックには、「ボスニアは治安が完全に回復してないので、レンタカーは自粛した方がよい」と書いてありました。車は少なく、太陽はどんどん傾く。景色を楽しむどころか、不安の方が大きく、ドキドキしながら車を走らせました。結局、何も起こりませんでしたが・・・。 →地図
午後8時 海辺の町ネウムに到着。ホテルなどが立ち並ぶリゾートですが、海岸沿いの町の中でここだけはボスニア・ヘルツェゴビナ領。これには歴史的に深い訳が・・・。この先でゲートをくぐって国境を越え、午後9時ドゥブロヴニクに着きました。
<美智代の豆知識> ネウムがボスニア・ヘルツェゴビナ領の理由
かつてラグーサ共和国だったドゥブロヴニク。1667年の大地震が発生し、町は壊滅的な被害を受けました。しかし、この機に乗じて、北からヴェネツィア共和国が攻めてくるかもしれない!当時、貢納金を納めながら自治を認めてもらっていたオスマントルコに緩衝地帯としてこの周辺の土地を割譲。そのまま現在に至っているという訳です。